6.中国伝統医学の治療観と治療レベル

「気の医学」の治療の定義と治療の原則

気の医学における“病気”の定義は――「体内の気エネルギーの流れが異常になること」「気のバランスが失われること」です。病気が気のアンバランスによって引き起こされるとするなら、“治療”とはそのバランスを回復することに他なりません。

気の流れの異常、すなわち気のアンバランスとは、具体的には気の過剰である「じつ」と、気の欠乏である「きょ」に分類されます。この「虚実」の概念と「陰陽」の概念を組み合わせると、「陰虚陽実」「陰実陽虚」「陰実陽実」「陰虚陽虚」の4つの基本パターンが成立します。気の医学の“診断”とは、患者の全身の症状がこの4つの基本パターンのどれに相当するかを判断することです。

気の医学の病因と診断
気の流れの異常(アンバランス)
虚(気の欠乏状態)と実(気の過剰状態)
虚実それぞれに陰陽→4通りの組み合わせ(診断)
陰虚陽実・陰実陽虚・陰実陽実・陰虚陽虚

気の医学の治療は、この診断にそって行われることになります。診断結果は1人1人異なり、治療も各人に合った個別治療が施されることになります。気の医学の治療は、「虚は補い、実はしゃす」ことが大原則となります。「」は不足した気を補うことで、「しゃ」とは過剰な気を放出することです。鍼灸においても薬物療法においても、「補瀉の原則」に基づく具体的な方法が決められています。

例えば鍼の場合、太い鍼は「瀉」用で、細い鍼は「補」用、ゆっくり射すのは「補」の場合で、すばやく射すのは「瀉」の場合といったように、細部にわたって補瀉の理論が徹底されています。こうした「補瀉の治療」を通じて、体内の気のアンバランスが是正されるようになると言います。

気の医学の治療
  • 補瀉の原則に基づく――補(虚を補う・不足の気を補う)・瀉(過剰の気を放出する)

“養生法”

気の医学の予防医学

病気に対する治療は、おもに医者(鍼灸師・漢方医)によって行われます。それに対して自分自身で気を調整し、全身のバランス維持を図る自己努力が中国医学では重要視されてきました。それが“養生法”と呼ばれるものであり、日常生活の中におけるヘルスケアであり、予防医学なのです。

この養生法については、さまざまな立場からいろいろな方法が説かれてきました。その中には道家どうかのように、特別な手段や方法を講じることはむしろ自然的在り方に反する行為(人為)であるとし、養生法そのものを否定するようなところもあります。したがって中国医学に共通する“養生法”が何かは、簡単には断定できない面があります。しかし一般的に多くの人々によって養生法として受け入れられてきたものとしては、気に同調するための「瞑想法」、気を摂取するための「呼吸法」、取り入れた気を体内で正しく循環させるための「導引術」、気を養い長寿を獲得するための「房中術」などが挙げられます。

気の医学の治療レベル

気の医学の治療対象は、理論上は肉体レベルに限定されています。しかし気の医学では、激しい怒りや悲しみが体内の気のバランスを失わせるというように、「心」と気の流れの間に密接な関係があるとしています。すなわち気を媒介とした明確な「心身相関性」「心と肉体の関連性」を認めているのです。したがって気の医学は、単に肉体レベルだけの治療法であると断定することはできなくなります。もし気の医学が、「心(精神)の異常」などに対して治療効果があるとするならば、心のレベルにおける影響があるということになります。

「治療領域理論」に照らしたとき、気の医学の現実の治療レベルは②~④のケースということになります。ただし②のケースについては、ごく一部分に限られます。気の医学の治療は、上位(霊)からのエネルギーのステップダウンによる正常化を目指すものではなく、下(肉体)から上部(精神)へのステップアップというプロセスになるからです。気の医学が心(精神)のレベルに影響を及ぼすと言っても、初めから限界があるのです。

気の医学の治療レベル

気の医学の治療レベル

「気功」と「気功治療」の登場

気の医学の歴史は、2千年以上の昔にさかのぼると言われていますが、1960年代以降、中国や日本では「気功」という言葉が盛んに用いられるようになってきました。気功とは、気の働きを調整し高める訓練方法のことです。この気功を利用した治療法を「気功治療」と言います。

気功は、「内気功」と「外気功」に分類されます。「内気功」は、身体内部の気を高め、また滞った気の流れを正常化して健康を維持したり病気を治そうというものです。伝統的な養生法である導引術や、近年つくり出された健康法としての太極拳は、内気功の一種と言えます。それに対し「外気功」とは、気を外部に発することのできる気功師が、自分の気エネルギーを患者に投射し、患者の気の流れを正常化し病気を治そうというものです。

気功とは
  • 内気功 ―― 内部の気を自ら調整する(導引術や太極拳など)
  • 外気功――気功師が気を外部に与える

気エネルギーの威力

気功師から発せられる「気エネルギー」は、時に離れた所にいる人間を倒したり、その人間の働きを自在に操ったりすることがあります。こうした驚くようなことが、昔から武術の世界では現実的に行われてきました。日本にも気の働きを利用した独特の武術が存在します。

数メートルも離れた所にいる人間を倒したり、自由自在に操るなどということは、実際それを見たことのない人間には到底信じられるものではありません。“唯物主義”に立脚している現代科学の立場では、当然認めることはできません。しかしそうした現象が、日本や中国などの極東アジアでは現実に存在するのです。最近では、日本や中国の研究者による科学的な研究も進められるようになり、その実態が徐々に明らかにされつつあります。

「気功治療」と「スピリチュアル・ヒーリング」の違い

気功師が外部に発する「気エネルギー」の存在は、スピリチュアリズムではごく当たり前のものとして認めています。スピリチュアリズムでは、それを「オーラ」の用語で呼んでいます。霊体と肉体という2つの身体から、オーラというエネルギーが放射されています。そのオーラは状況によって、さまざまな性質を帯びることになります。またエクトプラズムと言われる特殊な半物質を形成して、人間や物体を持ち上げるようなこともあります。

中国の気功治療とスピリチュアル・ヒーリングの治療風景は、外部から見るかぎりとても似ています。外見上の違いと言えば、気功師は渾身こんしんの力を振り絞って派手なパフォーマンスをするのに対し、スピリチュアル・ヒーラーは静かに手を患者にかざしたり、患者の身体の一部に軽く触れるポーズをとるというぐらいのことです。

しかし重大な結論を言えば、気功師から発せられるエネルギーと、スピリチュアル・ヒーラーから発せられるエネルギーでは、その質が全く異なっています。そのため両者の間には、大きな治療効果の差が生じることになります。スピリチュアル・ヒーラーから投射された「霊的エネルギー」は、患者の霊レベルからステップダウンして、身体のすべてのレベルを癒す可能性を持っています。それに対し気功師から投射された「気エネルギー」には、一部の例外を除いてそうした可能性はありません。その影響力は、せいぜい霊体レベルから肉体レベルにとどまります。

スピリチュアル・ヒーラーと気功師の発するエネルギーには、質的な違いがあります。実はここに、スピリチュアル・ヒーリングの最も特筆すべき点があるのです。次章ではそうした問題を取り上げます。