5.インド伝統医学の治療観と治療レベル
ヨーガの治療理論
すでに本書の第1章・第2章で、ヨーガの身体観・健康観を見てきました。ヨーガでは不可視の霊的身体の存在を認め、「チャクラ」と「ナディ」という霊的中枢器官を中心とした「霊的エネルギー循環理論」を展開しています。チャクラは霊的エネルギー循環システムの
したがってチャクラの状態の良し悪しが、身体全体のエネルギーレベルを決定することになります。“病気”とは、チャクラが十分にその機能を果たしていないところから生じるエネルギーバランスの異常であり、“治療”はこのチャクラの働きを高めることによってエネルギーバランスを整えるということになります。これがヨーガの「治療理論」です。
「チャクラの覚醒」と「クンダリニーの上昇」
ヨーガでは、チャクラが目覚めるとき、その働きは最大限にまで発揮されると考えます。このため「チャクラの目覚め(覚醒)」がきわめて重要視され、それを引き起こすさまざまな手法・修行方法が開発されてきました。たとえばヨーガの一派、ハタ・ヨーガでは、次のような考え方をします。
普通の人のチャクラは3つの「結節」で閉ざされており、さらにチャクラとチャクラを結ぶ「気道(*スシュムナーと言い、最大のナディとされている)」がヘドロで詰まっているので、十分な素質が発揮できなくなっている。そこでチャクラの結節を取り除いて閉ざされたチャクラを目覚めさせ、気道(スシュムナー)に詰まったヘドロをさらい流すことが必要になる。(*以上、佐保田鶴治著『ヨーガ入門』参考)
では、どうしたら結節やヘドロを取り除くことができるかということになりますが、ヨーガでは、背骨の下に眠っている「クンダリニー」という女神を目覚めさせ、気道の中を真っすぐに頭の方へ上昇させるのがよい方法であるとします。それによってチャクラの
このクンダリニーと言われる女神を覚醒させる方法が「ムドラー」と呼ばれるもので、意識をチャクラの一点に集中し、体を引き締める特殊な体操(バンダ)と呼吸法(*息を一定時間止める)を同時に行います。以上の実践によって、プラーナの流れがスムーズになると言うのです。理論的には「チャクラの覚醒」と「クンダリニーの上昇」が病気に対する根本治療法ということになります。
ただしヨーガでは、これらを健康法・治療法としてではなく、魂を高め、魂の救いを得るための実践法として考えます。ヨーガの目的はどこまでも、悟りを得て輪廻のサイクルから逃れることに置かれています。
ヨーガでは「チャクラの覚醒」がきわめて重要な意味を持ち、修行の1つとなっています。チャクラが覚醒したときには、自分の意識が宇宙に広がっていく感じを覚え、ある種のエクスタシー体験をするようになり、同時に超能力を持つようになると言います。これはチャクラを覚醒したとされる人の主観的感覚ですが、多くのヨーガ実践者が共通に述べている内的体験であり、そうした事実があることは、ほぼ間違いないと思われます。
無理やりの「チャクラの覚醒」と、霊的障害
「チャクラの覚醒」の霊的な意味については、すでに説明してきました。チャクラという独立した器官はないこと、従来チャクラと言われてきたものは「霊体と肉体の接点」に他ならないこと、「チャクラの覚醒」とは、霊体から肉体に向けて一度に大量の霊的エネルギーが流入する状況であることを明らかにしてきました。
スピリチュアル・ヒーリングの立場からは、ヨーガの治療理論を全面的に認めることはできません。ヨーガではチャクラの覚醒があまりにも重要視され過ぎるため、無理やりチャクラを目覚めさせようとし、これがさまざまな霊的次元の障害やトラブルを引き起こすことになっています。不自然にチャクラを目覚めさせるというようなことは、有害にこそなれ、決してプラスにはなりません。
霊能力開発という目的で、チャクラの覚醒に取り組む多くの神秘学の徒がいますが、それは本道ではありません。霊能力は、霊性の向上を優先的に求める過程で自然に獲得されるものなのです。霊性(魂)の向上を目指して努力する中で「魂の窓」が開き、多量の霊的エネルギーが取り入れられるようになります。その結果、いつの間にか発現するものなのです。
無理やりチャクラを目覚めさせるということは、霊体→肉体のエネルギーの通路(接点)を強引にこじ開けることであり、「霊的エネルギー循環システム」をわざわざ乱すことになります。それが霊肉のアンバランスを引き起こし、霊的障害を発生させることになります。(*同じようなことが、「ドラッグ」や「ブリージング」、断食や滝行などの「肉体行」によっても引き起こされます。一時的に霊通するようになるのですが、それは“低級霊”が憑依するのに絶好のチャンスを与えることになります。)
「クンダリニー上昇」の真意
クンダリニー上昇とは、肉体を持ちながら「霊的意識が支配的になる状態」を比喩的に述べたものです。そうした状態に至るためには、大量の霊的エネルギーが霊体から肉体へ流されることが必要です。急激な「肉主霊従」から「霊主肉従」への移行が、クンダリニー上昇の真の意味なのです。
また、クンダリニーは“性欲エネルギー”を象徴していると言われます。肉体の最も強烈な本能は性欲で、これが「霊的エネルギー」という異質のエネルギーに昇華されることがクンダリニー上昇であると解されることもあります。性欲に支配されたときは最も「肉主霊従」の状態に傾き、利己性が意識を支配するようになります。性欲が薄くなり、霊的意識が強くなると「霊主肉従」の状態になります。この観点からするならクンダリニー上昇とは、「肉主霊従」から「霊主肉従」に意識が変化するプロセスを示しているということになります。
一般の人々は物質世界に閉じ込められ、物質的感覚だけに支配されるようになっていますが、「霊」と「心(精神)」と「霊体」に霊的エネルギーが充満して「霊主肉従」の状態になると、日常の物質的感覚が取り除かれ、霊的感性が意識の中心を占めるようになります。
宗教と健康法を結びつけるヨーガの理論
ヨーガは本来、輪廻のサイクルからの
ただしスピリチュアリズムの観点からすれば、ヨーガは健康法としては優れていても、理論としては霊的事実と一致していません。
健康法としてのヨーガの実践項目
スピリチュアル・ヒーリングの立場からは、ヨーガの理論をすべてそのまま事実として認めることはできません。しかし思想的理論の間違いが、ヨーガの健康法としての効果を否定することにはなりません。思想としては間違っていても、健康法としては明らかに優れています。
ヨーガでは、「アーサナ(体操)・呼吸法・瞑想」の3つが具体的な実践項目として重視され、これらを行うことによって、ヨーガ本来の目的である輪廻からの解脱の境地へ近づくことができるとされます。先程のクンダリニー上昇のための訓練も、これらの実践の組み合わせから成り立っています。ヨーガはもともと宗教であり、健康を目的としたものではありませんが、ヨーガ実践のプロセスにおいて、結果的に肉体の健康が得られるようになります。その肉体への効果が注目を浴び、現代人の中に健康法として定着するようになったのです。
インドでの純粋な健康法と言えば、ヨーガよりむしろアーユルヴェーダがそれに当てはまります。しかし治療効果という点では、ヨーガに優位性が認められます。それはヨーガが、霊的身体をも考慮した広範な身体観と、全身的なエネルギー循環理論に立脚しているからです。ヨーガという宗教的修行は、純粋な健康法であるアーユルヴェーダよりも、結果的に高い治療効果を上げることになっています。
ヨーガが薦める実践内容は、そのまま優れた健康法・治療法となっています。先に述べたようにヨーガの実践内容は、「アーサナ(体操)・呼吸法・瞑想」の3つの柱から成り立っています。呼吸法・瞑想は、プラーナ(霊的エネルギー)を取り入れるための手段とされます。呼吸法・瞑想は、「霊的エネルギー循環システム」の正常化にプラスの効果をもたらします。ヨーガにおける呼吸法・瞑想の実践は、霊的エネルギー循環の正常化にそれなりに有効なのです。
また、アーサナと言われる体操は、意識集中と呼吸法を併せて行い、肉体内におけるエネルギーの流れを調整し、これも身体全体にバランスと調和をもたらします。
ヨーガの「治療レベル」と、その限界
このようにヨーガの実践は、スピリチュアル・ヒーリングの観点から見たとき、「霊的エネルギー循環システム」を正常化する方法になっており、病気に対する優れた治療法と言えます。
では、ヨーガの治療効果はどのくらいなのでしょうか。結論を言うと、先に掲げた「治療領域理論」の②~④のケースということになります。もし、ヨーガの実践者が自らの「魂の窓」を大きく開き、霊的エネルギーをふんだんに取り入れることができるとするなら、理論的には①のレベルに至る可能性があります。しかし現実には、「霊」を十分満たすほどの霊的エネルギーを取り入れることはできません。したがってヨーガの実際の治療効果は、治療レベルの②~④のいずれかにとどまります。
アーユルヴェーダの「生体エネルギー健康理論」
〈3種類のドーシャと、健康・病気〉
アーユルヴェーダには、「ドーシャ」と言われる「生体エネルギー」を中心とする健康理論があります。そのドーシャは3種類に分類されます。「ヴァータ・ドーシャ(風のエネルギー)」「ピッタ・ドーシャ(火のエネルギー)」「カパ・ドーシャ(水のエネルギー)」です。
体内でこれら3つのエネルギーが調和を保って働くとき、人間は健康であると言います。3種類のエネルギー(ドーシャ)のあるものが増え過ぎたり、減り過ぎたりしてバランスが崩れると病気になります。アーユルヴェーダにおける病気の診断とは、ドーシャのバランス状態を判断することに他なりません。
〈ドーシャをアンバランスにする原因――病因論と診断〉
ドーシャのバランス維持には、5つの要因が影響するとされます。「体質・時間・日常生活・場所・天体」です。体質とは生まれつき持っている傾向のこと、時間とは1日のうちの時間帯・季節・人生上の異なった時期(年齢)のこと、日常生活とは五感の刺激・食事・心の持ち方・行動のこと、場所は住む環境条件のこと、天体は星や惑星を含めた宇宙全体の影響力のことです。
アーユルヴェーダでは、以上のような5つの要因に照らして、ドーシャのバランス状態を判断します。アンバランスを引き起こす原因は1人1人によって異なるため、診断結果は十人十色となります。
〈アーユルヴェーダの治療理論〉
エネルギーのアンバランスを正して、バランス・調和を取り戻すことがアーユルヴェーダの治療ということになります。その治療法には2種類あります。
1つは、多くなり過ぎたドーシャを減らしたり(*“シャマナ”と言われる鎮静法)、少な過ぎるドーシャを増やして全体のバランスをとる方法です。具体的には休息・食事・運動・心へのアプローチがこれに相当します。
もう1つは、“ショーナダ”と呼ばれる浄化法です。増大したドーシャを浄化・排泄させることが目的であり、これには2つの方法があります。1つは“アーマ・パーチャナ”で、毒素であるアーマを消化したり無毒な老廃物に変えること、もう1つが“パンチャカルマ”で、薬物に頼らずに体の生理機能を利用して体内の毒素を排出する一連の身体浄化法を指し、浣腸や下剤などを用います。
アーユルヴェーダの長所と短所
アーユルヴェーダは、「エネルギーバランス理論」という西洋医学とは根本的に異なる考え方をし、健康観・病気観・治療観・診断方法においてホリスティック性を考慮・重要視するものになっています。しかし、その一方でアーユルヴェーダには、現代医学に近い生理学的・解剖学的な医学的視点があります。
身体の構成要素として5つの「ブータ(空・風・火・水・地)」を考え、これから生じる7つの「ダートゥ(リンパ・血液・筋肉・脂肪・骨・骨髄・精液)」の調和が乱れることによって病気になり、その調和を図ることによって健康を取り戻すことができると言います。
アーユルヴェーダの理論が、現代医学の生理学や解剖学と共通の視点を持っていることは、今ではむしろマイナスになっています。アーユルヴェーダの理屈っぽいほどの詳細な理論化は、かえって現代医学との食い違いを露呈することになります。現代医学や現代科学との見解の違いをどのように埋め合わせていくのかが、今後のアーユルヴェーダの生命線となるでしょう。現代医学と異なる見解は、自らの存続さえ危うくすることにもなりかねません。思弁的であること、理論的過ぎることは往々にして欠点となりますが、アーユルヴェーダには、まさにそうしたことが当てはまります。
ヨーガとアーユルヴェーダの「治療レベル」の違い
ヨーガとアーユルヴェーダは、ともにインド伝統医学ですが、両者の立場は根本的に異なります。すでに述べたように、ヨーガが魂の救済を目的とする宗教であるのに対し、アーユルヴェーダは純粋な健康法・医学です。
アーユルヴェーダと中国伝統医学は多くの共通性を持っていますが、皮肉なことに同じインド伝統医学に属するヨーガとアーユルヴェーダの間には、大きな違いがあります。その違いの一番の原因は、ヨーガには霊的身体を含む広範な身体観があるのに対し、アーユルヴェーダにはそれがないということです。医学の対象となる身体についてのとらえ方が、両者では全く異なっています。その結果、治療の及ぶ領域に大きな差が生じることになります。ヨーガでは治療レベルが②~④のケースの可能性がありますが、アーユルヴェーダではその大半の治療効果は④のケースであり、特別よい場合でも③のケースにとどまります。
アーユルヴェーダと中国伝統医学の共通性
ヨーガが肉体ばかりでなく不可視の霊的身体の存在を対象としているのに対し、アーユルヴェーダは目に見える「肉体だけを対象」としています。この点で中国伝統医学が、物質次元の身体を対象としていることに通じます。
また、アーユルヴェーダは「エネルギーのバランス理論」によって「肉体次元でのホリスティックな健康観・病気観」を展開していますが、この点についても中国伝統医学と共通しています。