5.中国伝統医学の健康観・病気観

肉体次元に限定された「エネルギー循環理論」

スピリチュアル・ヒーリングとインドのヨーガが「エネルギーの循環理論」による健康論を展開するのと同様に、中国の伝統医学も「エネルギー循環理論」による健康論を主張しています。「気」というエネルギーの流れによって肉体の健康状態が決定されるとするホリスティックな健康論を明らかにしています。その意味で「気の医学」は、まさにホリスティック医学の一員にふさわしいと言えます。

ただしスピリチュアル・ヒーリングとヨーガが、霊的身体を含めた広範な「エネルギー循環理論」を展開するのに対し、中国の伝統医学は、肉体次元に限定された「エネルギー循環理論」を展開することになっています。霊体という概念が完全に欠落しているという点において、中国伝統医学の「エネルギー循環理論」には大きな欠陥があります。中国伝統医学では、物質次元に属する「気の身体」という架空の身体・エネルギー身体を想定しますが、形態を重視する身体観の立場からすれば、この架空の身体はつかみどころがなく、理論的な接点が持てないという問題があります。

気の医学は歴史的な経験と臨床に基づき、きわめて緻密な「エネルギー循環理論」を確立してきました。驚くべきことにその理論の正当性が、現代の科学的な気の研究・実験によって確認されつつあります。複雑・精緻を極めた気の医学理論が、単なる観念的なものでなかったことが証明されようとしています。

経絡の種類と、臓器との関連

中国伝統医学が、身体内のエネルギーの通路を「経絡」と呼んでいることはよく知られています。この気の通路は、人間の身体を縦方向に走っていて、主なものは「正経」と言われ12脈あるとされています。この12脈は、「6つの陰経」と「6つの陽経」に分けられます。この12正経以外に、8つの独立したエネルギーの通路「奇経」があるとされます。

こうした12正経と8奇経というエネルギーの通路は、すべて身体を縦方向に走っています。そしてこれらの経絡上には、「ツボ(経穴)」が存在します。中国には、宇宙や万物は陰陽からなるという伝統的な陰陽二元論の思想があります。「気」の医学も、「気」に陰陽を配して「陰の気」と「陽の気」の2つに分類し、経絡を「6つの陰経」と「6つの陽経」に分けています。)

「経絡」は一定の臓器と深い関係を持ち、その臓器の機能をコントロールしていると考えられています。6つの陰経は、6つのぞう中身の詰まった肺・心臓・臓・肝臓・腎臓の5臓器と心包しんぽうの合わせて6つを指す)をコントロールし、6つの陽経は、6つの中身のない空っぽの胃・胆・大腸・小腸・膀胱の5臓器と三焦さんしょうの合わせて6つを指す)をコントロールします。

経絡(12正経)と臓器の関係
  • 6陰経――肺経・心経・脾経・肝経・腎経・心包経
  • 6陽経――胃経・胆経・大腸経・小腸経・膀胱経・三焦経

「経絡」と気の循環

気エネルギーは、これらの経絡を一定の法則に従って流れます。人間が両手を頭上に伸ばした姿をとったとき、陰経では下から上へ、陽経では上から下へという方向に流れます。こうした流れの法則に従って、12経絡はすべてがひとつながりとなって、人体を循環することになります。

それを図示すると次のようになります。

「経絡」と気の循環

経絡の存在や経絡を流れる「気」の方向が、現代の科学的方法(電気生理学的方法)によって確かめられるようになったことは重要な意味を持ちます。古来より「気」と呼ばれてきたエネルギーが、確かに体内を循環していることが証明されるようになるからです。この全身をめぐる気の流れがスムーズなとき、気のバランスが保たれ、全身の健康状態が維持されることになります。

反対に気の流れが滞ると、気のバランスが崩れ、それに関連した臓器に異常が発生するようになります。これが気の医学の健康観・病気観の基本です。

気の流れを異常にする原因

「気の医学」の病因論

全身をめぐる気の流れが、何らかの原因で異常をきたしたり滞ったりすると、臓器の機能が低下し病気になります。「気の医学」では、病気とは体内の気のバランスが失われた状態と定義されます。「気の医学」では気の流れの異常を、「じつ(気が多く流れ過ぎる状態)」と「きょ(気が不足している状態)」の2つのケースに分類しています。

では、こうした体内の気の流れの異常は、どうして生じるようになるのでしょうか。古典『霊枢』では、病気が生じる原因として8つの内容を挙げています。その8つの原因は、「内因」と「外因」に大別されます。内因とは自分自身に関する要因であり、具体的には、セックスの過剰・感情の偏り・偏食や暴飲暴食・悪い住環境です。こうした内因によって体内の気が不調和に陥り、外部のじゃの侵入を許し打撃を受けるようになるとします。身体が清浄で精気に満ちていれば、たとえ気候の変調などの外因があっても、病気にはならないと考えます。したがって「内因」こそが、真の病因ということになります。

ここで注目すべきことは、激しい怒りや悲しみ・恐れなどの「感情の偏り」が、体内の気のバランスを失わせるとしている点です。これは心の状態が、肉体の健康に深く関係するということを意味し、現代の「心身相関医学」に共通する問題を提起しています。気の医学に見られる心身問題は、本書の第6章で取り上げます。