9.最も根本的な「心の病気」の治療法

「霊的人生観・霊的価値観の確立」と「利他愛の実践」こそが根本的な精神障害の治療法

「心の治療」の複雑さ・難しさ

心の病気とは、霊的エネルギー不足から生じる「心全体の不調和・アンバランス」のことです。そのとき心は、深刻な「霊的エネルギー枯渇状態」に陥っています。これに対する治療法としては、不足している心のエネルギー(マインド・エネルギー)を外部から直接補充する方法が考えられます。心身医学や精神医学で行われている“心理療法”は、そうしたものと言えます。

しかし異常に陥っている「心」の表面だけを改善し症状を緩和しようとしても、それは心の病気に対する単なる“対症療法”にとどまってしまいます。心理療法のような「心」それだけに向けてのアプローチ(治療法)は、その多くが無駄になります。上位の「霊」に対するアプローチを優先しないかぎり、心の正常化を図ることはできません。ここに「心の治療」の複雑さ・難しさがあります。

ストレスを生み出す根本原因は「霊的未熟さ」

心の病気(精神障害)を引き起こす一番の原因は、その人間の「霊的未熟さ」にあります。霊性が一定のレベルにまで達していれば「魂の窓」は開き、自分で必要な霊的エネルギーを取り入れることができるようになります。

また、そうした人間は心全体を「霊主肉従」の状態に保ち、物質的・自己中心的な考え方をしません。物質にとらわれない広い考え方をするため、世俗的な価値観に振り回されたり余分な競争に巻き込まれたりせず、疲れることもありません。欲に翻弄ほんろうされないということ、そして自分中心の生き方・自己愛に縛られた生き方をしないということは、“ストレス”という心の異常を引き起こさないための最善の方法なのです。

このように考えると、人間の「霊的未熟さ」こそがストレスを生み出す元凶であることが分かります。

霊的成長に向けての自己努力こそ、最高の心の病気の治療法

このことは「霊的成長」に向けての努力が、取りも直さず最高の心の病気の治療法になっているということを意味します。「霊的成長」のための努力とは、具体的には――「従来の考え方を根本から変える」「自己愛を乗り越えて利他愛の実践をする」ということです。人生に対する霊的な考え方(価値観・人生観・世界観)を身につけ、それに従って新しいライフスタイルを確立することです。

心の病気は、最終的には患者本人が意識的に自分の考え方の欠点を克服しようというレベルにまで至らないかぎり癒されることはありません。自分の病気は自分で治すしかないのです。しかし大半の患者は、病気の発症によって「自己愛性や自己中心性」が表面化し、我儘わがままになってしまいます。また自分だけの世界に引きこもったり、反対に他人への依頼心が大きくなり、人の言うことを素直に聞けなくなります。そうした状態では到底、自分自身で自己改革の努力をしようという段階には進んでいきません。

一方、家族や周りの人々は、できるだけ患者を刺激しないようにと、まるでれ物に触るように接触します。実際、少しでも説教じみたことを言おうものなら病気が悪化するようなこともあり、何も手出しできません。病気を根本的に克服するためには、どうしても本人の自発的な努力が決め手となりますが、現実にはきわめて難しいのです。ここには「霊的な未熟さ」と「カルマ」という根深い問題が絡んでいます。

結果的に、大半の患者は、少し回復してはまた病気を再発するというようなことを繰り返したり、だらだらと病気を引きずっていくことになります。家族は、何かの拍子に患者の気持ちが変わるのを待つことしか手段がなくなります。

霊的価値観・霊的人生観の確立

人生に対する考え方を変えるとは、これまでの物質中心的な価値観を捨てて「霊中心の価値観」に立ち、物にとらわれないような生き方をすることです。質素な生活を送り、最低限の物質で満足し、物欲追求に奔走してエネルギーを無駄遣いしないということです。そして物質的な富の代わりに、「心の豊かさ・霊的平安」を求めることです。また地上人生を一時いっときの小さなものと位置づけして、永遠の魂の進化の観点から「霊的幸福」を追求することです。

そのための指針として、スピリチュアリズムの“霊的教訓”は最適です。心の病気を自分で乗り越えるためには、物質中心的な考え方やライフスタイルを「霊的価値観・霊的人生観」に基づく霊中心の考え方・生活に切り替えることが必要なのです。自分の視野が広がり心が大きくなれば、小さなトラブルや困難に衝撃を受けるようなこともなくなり、精神的ストレスをつくり出さなくなります。「心の病気(精神障害)」を引き起こす精神的ストレスは、もともと本人自身がつくり出す部分が大きいのです。「霊的価値観・霊的人生観」は、ストレスそのものの発生を防ぐことになるのです。

利他愛の実践は、「魂の窓」を開けてエネルギーを取り入れる

もう1つの重要な治療法は、「利他愛の実践」です。神によって造られた宇宙と霊的世界を支配しているのは“利他性”という摂理です。天体の運行からミクロの物質の運行、また地球上のすべての生物は「利他性の摂理」の支配を受けています。

地球上の存在の中で、人間にのみ“自由意志”が与えられています。人間は自らの判断でこの利他性の摂理に一致して霊的成長するように造られています。人間が利他的な生き方を選択するとき、その人間は神の摂理と一致し、霊的成長がなされるようになります。人間が利他的な状態になると「魂の窓」は大きく開き、霊的エネルギーをふんだんに取り入れることができるようになります。

利他性の反対は利己性であり自己愛です。“利己性”は、外部からエネルギーを奪い取って自らを満たそうと促します。そうなると「魂の窓」は自動的に閉じてしまうようになります。「魂の窓」を開けるには、利他性の摂理にそって、まず先に与えようとしなければなりません。そうすれば自然と「魂の窓」は開き、霊的エネルギーが流れ込んでくるようになるのです。

利他愛の実践は、ストレスの最高の解毒法

利他愛は、ストレスに対する最強の“解毒剤”です。自分のことより先に周りの人々の幸せのために働く人、自分の利益を犠牲にして他人のために尽くす人は、ストレス(恐れ・不安・悲しみ・怒り・絶望など)とは無縁です。愛されることより愛することを優先する人は、ストレスから解放されています。「人のため」という純粋な奉仕精神を持って利他愛を実践することは、まさに最高のストレス対策であり、心の病気の治療法になるのです。

心身医学や精神医学では、ペット飼育や園芸が、心の病気によい影響をもたらすことを発見しています。それはペット飼育や園芸が、利他愛の努力の一部分になっているからです。利他愛としての次元は低いのですが、ペットや植物のために気を配り、世話をし、犠牲を我慢しなければなりません。その結果、「利他性の摂理」に一致することになるのです。ペット飼育や園芸がストレスを緩和するのはこのためです。ペット飼育や園芸という利他性の行為は、実際に下手な瞑想や祈り・呼吸法よりも効果があります。