5.バイブレーショナル・メディスン(波動医学)の身体観

米国の医師リチャード・ガーバーは――「霊の存在を否定または無視する現代医学の体系は、いつまでたっても完成することはない。なぜなら、人間存在の最も基本的な特質である霊的次元を置き忘れたままだからだ」(『バイブレーショナル・メディスン』P521)と述べています。

彼は、霊の問題を取り入れた新たなホリスティック医学理論の構築に取り組みました。これまでのホリスティック医学に欠けていた「霊的要素」を医学理論の中に取り込み、霊性・精神性・身体性という真のホリスティックな人間観に立った総合的な医学理論モデルを打ち立てようとしました。そして自ら確立した医学モデルを、「バイブレーショナル・メディスン(波動医学)」として発表したのです。

リチャード・ガーバーが目指した方向性は、本書の目的と全く同じです。霊的なものを無視したホリスティック医学は、初めから片輪のホリスティック医学でしかないという本書の見解と同じ立場に立っています。現在のホリスティック医学が、真のホリスティック医学になるためには「霊性」を含めたものでなければなりません。その意味で彼が目指したものは、真のホリスティック医学のモデルづくりであったと言うことができます。

では、ガーバーが明らかにした新しい医学理論「バイブレーショナル・メディスン」は、真のホリスティック医学のモデルにふさわしい内容を備えているでしょうか。

“神智学”をそのまま踏襲したバイブレーショナル・メディスンの身体観

リチャード・ガーバーは、まず人体の構成を明らかにしようとしました。彼は唯物医学で常識とされている肉体一元論の身体観に対して、霊的な身体を人体の構成要素と考える“神智学”の身体観を導入しました。これまでの医学と違って、霊的要素を明確に含む神智学の身体観は、まさに新しいホリスティック医学理論の土台にふさわしいものと考えたのです。彼は神智学の身体観に着目し、それを自分の総合医学理論の出発点としました。

バイブレーショナル・メディスンは、神智学の「多次元身体観」を、ほぼそのままの形で取り入れています。そして、その上に「生体エネルギー理論」を導入して理論体系化を図りました。すでに学びましたが、神智学では人体の構成を、肉体と複数の不可視身体(エーテル体・アストラル体・低次メンタル体・高次メンタル体・ブッディー体・アートマ体・モナド体・ロゴス体)からなるものと考えています。

こうした神智学の身体観をそのまま取り入れたバイブレーショナル・メディスンの身体観は、当然これに類似することになり――「肉体-肉体・エーテル体接触面-エーテル体-アストラル体-メンタル体-コーザル体-さらに高次のエネルギー身体」という人体構成を考えています。ただし神智学の身体観の一部に修正を加え、肉体とエーテル体の間に「接触面」という新たな概念を打ち出しているのが1つの特徴となっています。彼は、中国医学で言う経絡系やインド医学で言うナディ系といったエネルギーの通路が、この接触面を形成していると言います。

ガーバーは、神智学の身体観を土台として理論構築に乗り出し、これに現代科学の知見・現代医学の知識を導入して「バイブレーショナル・メディスン」という総合医学理論のモデルをつくり上げたのです。

バイブレーショナル・メディスンへの評価

バイブレーショナル・メディスンが目指したのは、「霊の問題」を医学理論の中に取り入れるということでした。ホリスティック医学が今後、本当の意味でホリスティックのレベルにまで成長し得るかどうかは、霊の問題をいかに医学理論の中に取り入れるかによって決定されます。そう考えると、ガーバーが医学の中に霊的な問題を導入し、医学を霊的視点から論じようとした試みは、ホリスティック医学にとってきわめて意義のある画期的なものでした。これまでのホリスティック医学の中で、いまだ誰も取り組んだことのない大胆な挑戦でした。その意味でバイブレーショナル・メディスンは、ホリスティック医学のパイオニアとして最前線を開拓してきたことになります。

しかしその一方で、彼が意欲的につくり上げたバイブレーショナル・メディスンには、内容的にあまりにも大きな問題があります。バイブレーショナル・メディスンを、そのままホリスティック医学の新しい総合理論・新しい医学モデルとして受け入れることはできません。ガーバーにとっての最大の失敗は、医学理論の出発点に、神智学的な身体観を導入したことでした。もし神智学の身体観が、あらゆる角度からの検証に耐え得る完璧なものであったならば、それを採用したとしても何の問題もありませんでした。

しかし本書で述べたように、神智学の複数の霊的身体論は、真実からはあまりにも隔たっています。神智学は単なる思弁によって創作された欠陥的思想であり、その身体観の根本的間違いは、スピリチュアル・ヒーリングの身体観と比較すれば明白となります。そうした間違った身体論を理論体系化の出発点とし、総合理論の土台としたことは致命傷と言わなければなりません。

バイブレーショナル・メディスンは、新たなモデル提示という点では大きな功績があったと言えるでしょう。しかしホリスティック医学理論としては、単なる空論以外の何物でもありません。理論構築の出発点となる身体観が間違っていたために、ガーバーの労作は、残念ながら砂上の楼閣に等しいものになってしまったのです。