3.新たな「霊の問題」の提起

WHOの“健康の定義”変更の動き

最近になってWHO(世界保健機関)の執行理事会は、WHO憲章における従来の健康の定義の改正に着手しました。従来の健康の定義は「身体的・精神的、そして社会的に完全に健全な状態のことであり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」というものでしたが、これに霊的(spiritual)に健全な状態を新たに加えることを提案したのです。理事会では投票の結果、賛成多数で総会の議題とすることが採択されました。

WHOが健康の条件として精神的なものばかりでなく、霊的なものまで含めて考えようとの動きを見せたことは、まさに画期的な出来事と言わなければなりません。これは現在の心身相関医学が重要視している心・精神のレベルを、さらに一歩進める動きと考えられるからです。こうしたWHOの“健康の定義”改正の動きは、ホリスティック医学にとっては心から歓迎すべきものです。

WHOの執行理事会では、霊性(spirituality)は人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために必要で本質的なものであるとの意見が出されましたが、その霊的なもの、霊性なるものが、具体的にどのようなものであるのかについては明確な説明は示されていません。したがって現時点では、WHOが霊的という言葉を用いたからといって単に手放しで喜ぶことはできません。

今後ホリスティック医学は、伝統的医学や民間療法、信仰治療や心霊治療といった各種の治療法を包括して総合医学理論の確立を目指さなければなりません。その際、必然的に「霊的なものとは何か?」を明確に説明せざるをえなくなります。「霊的なるもの」についての明確な定義や説明が、社会から求められるようになるのです。

現在のホリスティック医学の中における「霊の問題」

現在のホリスティック医学関係者の中で、霊的(spiritual)・霊性(spirituality)・霊(spirit)といった問題を本気で考えようとしている人はほとんどいません。それどころか、「霊的」という言葉を頭から拒絶するような人が多いのが実情です。しかしその一方で、少しずつですが霊的な問題に関心を寄せる医師や研究者が現れるようになってきているのも事実です(注1)。従来の日本のホリスティック医学界で「霊的なるもの」に関心が向けられることがほとんどなかったことを考えると、大きな進歩と言えます。

では、「心身医学」はどうでしょうか。20世紀後半になって心身医学は大きな発展を遂げ、意識の重要性や、心が身体に及ぼす影響力を科学的に証明することに成功しました。しかし残念ながら、心の問題が「霊的な問題」にまで進展するような動きはほとんど見られません。

1987年に「日本ホリスティック医学協会」が設立され、そこでは人間を「体・心・気・霊性などの有機的統合体ととらえるべき」との共通の見解が示されています。しかし、その定義にうたわれている「霊性」については、ホリスティック医学関係者の中においても共通認識・共通見解がないのが実情です。日本ホリスティック医学協会のある責任者は、「人間の体とは、肉体・精神・心・霊魂の総体である」と言っていますが、そこでも心と霊魂の区別、心と精神の区別は不明瞭のままです。心と霊は同じものなのか、全く異なるものなのかについて明確な見解は示されていません。

現在のホリスティック医学が「霊的なるもの」に対して明確な認識を得ていないという実情や、ホリスティック医学関係者の中でさえ、その問題の重要性が十分に自覚されていないという現状は、ホリスティック医学がまだまだ初期の段階・未熟なレベルにあることを示しています。